ニュースの概要
スウェーデンの軸受大手SKFが、1930年代に活躍した伝説の女優グレタ・ガルボをAIで再現した広告を公開した。同社は過去の映像や写真を切り貼りする手法ではなく、テキストで指示を与えて人物像そのものを生成する方式を採用した。画像生成にはバイトダンスのSeedream 5 ProやGoogleのGemini系ツールを、動画生成には同じくバイトダンスのSeedanceや快手(クアイショウ)系のKling AIを組み合わせて使用している。声も合成音声技術で再現し、複数の生成AIツールを横断的に組み合わせて一つの広告を仕上げている点が特徴的だ。
引用元: SKF、AIでグレタ・ガルボを復活させた広告を公開(Reuters)
分析・見解
単一ツールに頼らず複数AIを組み合わせる制作戦略
SKFの広告制作でまず注目すべきは、一社のAIツールに依存しなかった点だ。画像生成にはSeedream 5 ProとGemini系を、動画生成にはSeedanceとKling AIという、米国と中国の両方のツールを用途別に使い分けている。これは生成AI業界で言う「ベストオブブリード(=各工程で最も優れた道具を選んで組み合わせる考え方)」の実例であり、一つのプラットフォームに全工程を任せる時代が終わりつつあることを示す。実際、トイザラスが2024年に公開した全編AI生成の広告が不気味さで批判を浴びた教訓を踏まえると、単一ツールの限界を複数ツールの組み合わせで補う発想は、品質管理の観点からも合理的な選択といえる。
故人や著名人をAIで再現する際に立ちはだかる権利処理の壁
グレタ・ガルボは1990年に死去している。故人の肖像をAIで動かす広告は、技術的には容易になった一方で、遺族や権利管理団体との交渉、肖像権・パブリシティ権(=氏名や肖像を商業利用する権利)の処理という法務面の負荷が急激に高まっている分野でもある。SKFがこの手法を選んだ背景には、往年のスターが持つブランド価値と最新のAI技術を組み合わせ、話題性を最大化する狙いがあるとみられる。同様の手法を安易に模倣する企業は、権利処理を軽視すれば訴訟リスクを負いかねない。国内でも肖像権や人格権(=死後も一定期間保護される人格的利益)をめぐる議論が本格化しており、海外先行事例としてSKFの手法は参考になる反面、法制度の違いにも注意が必要だ。
「切り貼りしない」生成が意味する制作工程そのものの転換
従来のCG(=コンピューターグラフィックス)やディープフェイク技術は、既存の映像・画像素材を加工・合成する手法が主流だった。今回SKFが採用したのは、テキスト指示から人物像をゼロから生成する方式で、素材の有無に制作が制約されなくなる。これは撮影・ロケーション・キャスティングといった従来の広告制作の工程そのものを圧縮し、指示文の設計力が仕上がりの品質を左右する時代への転換を意味する。制作会社に素材を渡して編集を依頼する従来型の分業は、指示文を設計する専門人材を社内または代理店に置く体制へと置き換わっていく可能性がある。
地味な産業財メーカーが先端技術で話題を作るという構図
SKFは消費者向けブランドではなく、工業用軸受という目立たない分野の企業だ。BtoB(=企業間取引)企業がBtoC向けの話題性の高い広告手法を使うことで、既存顧客以外への認知拡大を狙ったと考えられる。この構図は、AI生成広告が大手消費財ブランドだけのものではなく、本来マーケティング予算が限られる産業財メーカーにも開かれた選択肢になったことを示している。
ビジネスへの影響
自社制作でも大手ブランド並みの表現力を狙える時代に
複数の生成AIツールを使い分ける体制を自社で構築できれば、中堅企業でも大手ブランドに匹敵する映像表現が可能になる。重要なのは個々のツールの契約・ライセンス条件を把握し、画像・動画・音声それぞれで最適なツールを選定する体制を制作着手前に整えることだ。特に動画の口元の動きや肌の質感といった細部は、ツールごとに得意不得意があるため、複数パターンを試作して比較する工程を予算と時間に組み込んでおくと失敗が減る。
故人・有名人モチーフの採用は法務確認を前倒しすべき
著名人や故人の肖像をAIで表現する施策を検討する企業は、制作着手前に肖像権・パブリシティ権の権利者交渉を完了させておく必要がある。制作後に権利処理が滞ると、公開延期や撤回といった損失に直結するため、法務部門との連携を早期に始めることが欠かせない。契約書には生成AIで作成した広告素材の使用範囲や修正・撤回の条件も明記し、権利者が懸念を示した場合に迅速に対応できる体制を整えておきたい。
海外製AIツールの利用は説明責任とセットで考える
SeedanceやKling AIなど中国企業が提供するAIツールを広告制作に使う場合、データの取り扱いやツールの出自について、消費者や取引先から説明を求められる場面が増えている。特に欧米市場では地政学的な懸念から利用ツールの開示を求める声が強まりつつあり、企業は透明性を持った説明ができるよう準備しておくべきだ。社内に説明資料を用意し、どの工程でどの国のツールを使ったかを開示できるようにしておくことが、炎上リスクを抑える実務上の備えになる。